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『グットルム=イザーク=ギューキについて』 アサイラム過去編一人目 前編


「よお、聞いたか、グローシム計画のこと、なんでも、頭が狂っちまった奴らだけで集団生活させる実験するらしいぜ」

「ああ、知ってるよ、だからこうして、特に病状が酷い奴らをカウンセリングと称して選り分けしてるんだろ」

「一番目の患者は……驚いたな、バルンストック国の公爵様らしいぜ」

「さて、ヴォルスングさん、まだ過去についてお話してみる気にはなりませんか」

「……悪いけど、こちらにも断る権利ぐらいはあると思ってるよ」

「……実は、こちらに、ヴォルスングさんのご友人の日記がありましてね」

「……!!」

「読ませて頂きました。それによると貴方は……」

祖国で革命運動が起きたことで、貴方は父と共にこの国に逃れてきた。ヴォルスング家の莫大な財産を顕現したような館は、日の光で全てが透き通るぐらい白塗りされた美しいものだったそうですね……。

「ふう、やっと着いた。こんな山奥に館を建てるなんて、よっぽど人嫌いみたいだな公爵は」

(けど、これも家族の為だ。上手く行くといいんだけど……)

「公爵、滞在中の数々のおもてなし、本当にありがとうございます。よければ今度、是非うちの館にもお寄りください」

「ハハ、もちろん、それは楽しみですな」

「それで……、ところで、ご子息のシグルス様ですが……、今回ご挨拶できませんでしたので、またお寄りになられる時にでも……」

「ああ、とんだご無礼を。アレは、この国に来てからというもの、ここから見える三階の部屋に引きこもってピアノを弾く毎日でして……」

「ああ、そんな気はなかったのですけれど……。革命で婚約者を亡くされたばかりと聞きましたわ。かつて〈深窓の貴公子〉と社交界で噂されたシグルス様に一目でもお会いしてみたかったのですけれど……、そんな痛ましい事件があってすぐというのは無理なものですわね」

「アレは亡くなった妻に似てるせいか、男としては少々軟弱なところがありましてな。今度、そちらに伺う時は、無理やりにでもご挨拶に連れていきますよ」

ああ……、その時のことなら、僕も覚えてるよ。つまらない父の話を搔き消すようにピアノを弾いてた時だったっけ。3階の自室から見下ろしていたら、ようやく口を閉じたご婦人方と入れ替わるように、はやってきたんだ……。

「この度はお招きありがとうございます、ヴォルスング公爵。グンナル=ギューキの弟のグットルムです」

「ああ、君が早く来ないかやきもきしていたところだったよ、ギューキ君。食事は用意できている」

「さて、一通り食事も美味しく食べたところで、君を我が屋敷へお招きした理由だが……」

「はい、兄から手紙を拝見しましたので、存じています」

「うむ、そうか。いや、シグルスには良き競争相手になりそうで、同じ年頃くらいの優秀で聡明な男友達が必要だと思っていたんだ。我々ヴォルスング家と色々と縁深いギューキ家の君が快く来てくれて嬉しいよ」

「そう言って頂けると、ギューキ家の代理としては嬉しい限りです」

(なにが縁深いだ……!この古狸め、グンナル兄さんが言った通り鼻持ちならない男だ……)

「……というわけで、あの公爵にお前を売り込んでおいた。これは我らギューキ家の衰退の原因となった、あの憎きヴォルスング家に復讐し、我が一族を復興させる大事な機会だ

「わかってるよ、兄さん」

「兄さんに言われた通り、俺がシグルスに近づいて、奴が継ぐはずの財産の権利書を根こそぎ奪ってくればいいんだろ」

「そうだ、そうすれば、母の病気も治せるぐらいどころか、一族が復興できる十二分な資金を得られるはずだ!頼んだぞ、グットルム……」

「聞いてるかね?ギューキ君」

「っ、はい、もちろんです」

「シグルスは最上階の長い廊下の一番奥の部屋……」

〈白夜の部屋〉にいる。ドアの上に白い太陽のレリーフがあるから、すぐわかるだろう」

「はあ……」

(ここまで来てはみたものの、一族の宿敵とはいえ人を騙して盗みを働くなんて。いや、考えいても仕方がない。あの横柄な父親だ、どうせ息子も嫌な奴に決まってる……!)

コンコンコンコン

「失礼します」

ガチャ

「ご挨拶に伺いました。私はグットルム=ギューキです、この度は……っ」

「この、たびは……」

「この度は……、なに?」

「あの…その……」

「あのそのじゃ分からないよ、突然部屋に入ってきて、人の顔を見つめたままボーっと突っ立って、気が散るから早く帰ってくれないか」

「!ああ、すみません…それではこれで」

「……待って、いま君ギューキって言ったよね?」

「え、ああ、確かに。グットルム=ギューキです」

「……グットルム、ピアノ、少し聞いていかない?いきなり帰れだなんて悪かったね」

「これは、『憐れみたまえ、我が主よ』……?」

「……!グットルム、君、面白いね。父様は全然ピアノに興味ない、芸術に無教養な人だから退屈してたんだ」

「え……」

「僕の暇つぶしのお相手してくれるんだろう?よろしく、グットルム」

「っ、よろしくシグルス……」

館に来てから、これから罪を犯そうとするのに懺悔の代わりとして、全て日記に書いておくことにする。

私は、グットルム=イザーク=ギューキ。シグルスとの出会いは、これまでにない程、私の胸に衝撃を与えた。この胸の衝撃が、いったいどういうモノなのか知りたくないし、知ってはいけない気がする。とにかく、彼のピアノの旋律は、彼の住む館に負けないぐらい透き通った美しさを持ち、彼自身も同様か、それ以上だった……。

無事に、兄の頼みを遂行できればいいのだが。初日から頭と胸が押しつぶされそうだ。今日は、もう日記を書くのを止めて、就寝することにする。

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